malvaについて

浅野智久

日本人の日本人によるフットサルのサッカーへの活かし方

私が考えるmalvaとは「よくないことは叱って、良いことは褒めて一緒に楽しく成長できる!」そういったチームです。
子供たちそれぞれに、それぞれの能力や豊かな才能があり、指導者である私達が子供たちの能力や才能を、最大限に引き出してあげることを一番大切にしています。また指導者もそれぞれでボールの持ち方や見せ方など、それぞれに好みのスタイルがありますが、malvaでは指導者の好き嫌いを押し付けるのではなく、子供たちの色々な可能性を考え指導しております。
malvaが1対1にこだわる理由は、まずサッカーとは相手と戦うスポーツであり、すべての場面で1対1があり、その繋がりで11人が存在します。まず1対1でボールを取られてしまうとサッカーはおもしろくないし、1対1でトライし続けることでチームも強くなり、さらに自分自身も強くなり成長します。また1対1を知ることで全体を見ることができ、全体を見ることでボールのない所でも、かけ引きができます。普段の生活の中(学校・家庭・友達など)にも必ず1対1の場面があり、私はサッカーにおける1対1は人生そのものだと考えています。
最後にmalvaが目指すものは、子供達の気持ちを一番に考えることです。勝ちを望むのであればとことん勝ちを目指して取り組み、その中で子供たちには敗けや引き分け、嬉しい思い、悔しい思いなど色々な本物の経験を知り成長してもらいたいと考えています。まずは自分を好きになることで相手も好きになり、人に優しさを与えられたりという選手が増えることで、情のある世の中にしていきたいと考えています。

1971年11月3日生まれ。茨城県出身。小学校5年から中学1年生の夏まで読売クラブ(現東京ヴェルディ)に所属。ヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)を退団。1年間ブラジルに留学し、1部リーグ「ボタフォゴジュニオール」と契約。帰国後国士舘大学(この間に清水エスパルスのプロテストに合格する)に進学。1994年、1995年吉田拓郎がパーソナリティをつとめるTV番組「地球ZIGZAG」にセリエ・Aへ挑戦するという企画を持ち込み、見事企画が採用されイタリアへ渡る。1996年フットサル日本代表に選出されたが辞退。1997年レコード会社イーストワークエンタテイメント入社し、綾戸智恵、日野元彦、佐藤允彦のレーベルA&Rとして活躍。1998年、フットサル日本代表候補に選出。2000年退社後、malva soccer schoolを開校。現在に至る。

コンセプト

「育てる」事を第一に考え、親がかりで何でもやるのではなく、子供が一人の人間としてそれぞれの年齢に応じた「自立」をサッカーというスポーツを通して目指す"場"と考えています。子供たち一人一人の個性、能力にあわせ、それをうまく引き出してあげることがこのクラブの役割です。マルバサッカースクールは人間の成長を第一に考えた教育の場として存在しています。子供たちをいかに人間として成長させるかが大事なのです。すべての子供たちは努力次第で一流の道へのチャンスはあります。 当スクールでは、日々子供たちと向き合い、見抜く努力をし、素晴らしい未来を掴む環境創りを常に目指しています。

ヒストリー

malva fcは1996年にチームを作り、数多くの大会で優秀な成績を残してきました。そして、2000年 10月に水戸市住吉町にホームグラウンドを持ち、下部組織から一貫した選手育成を本格的にスタートしました。年齢ごとに身につけていく、身のこなしや技術を積み上げることをテーマに良い選手の育成を考え綿密に組まれたカリキュラムにより確実に個人のスキルアップを行っています。2008年8月には元日本代表、巻誠一郎選手と共に巻誠一郎×malvaサッカースクールカペッサを熊本に開校しました。現在、malvaサッカースクールは水戸、ひたちなか、浦安、さいたま、成田、熊本、山形に広がり、スクール生は全国7校で延べ4000名を数え、地域とも密着し、着実に成果をあげています。各校強化クラスの選手達は、2005年に全日本ユース(U-15)フットサル大会でmalva mito fc U-15が全国優勝、2007年のバーモントカップでmalva mito fc U-12が全国優勝を成し遂げました。2011年のバーモントカップではmalva urayasu fc U-12が全国準優勝の成績を収めました。当スクールの質の高い練習、大会への参加を通して成長した選手達が、毎年数多く強豪高校・大学やJクラブに入団(入学)を果たしています。